毎日暑いけど元気です2022年08月03日

元気なカモのひな

毎日暑いです。最後に生まれたひなはその中でも6羽そろって元気です。
だいぶ羽が生え変わって、もうひなではなくて若鳥です。
水の中にいても暑いらしく、盛んに水浴びして首のあたりを冷やしてました。本当なら夏にはシベリアに帰っているはずなのに、安全な日本の公園に定住しちゃったのでしょうがないですね。

今日は8月15日2022年08月15日

94式5号無線機送信部

戦争を考える季節です。6年前に95歳で亡くなった父は軍需産業に技術者として勤務していたので、甲種合格でしたが招集されませんでした。会社も大切な技術者を引っ張られないように雇用ではなく「徴用」扱いとしていたのですが、ついに昭和19年に召集され、神奈川県川崎市の通信隊で無線機の整備を担当していたそうです。

無線を傍受していると連隊通信のすぐそばに米軍の謀略放送が出ていたので、こっそりと聞いていたそうです。おかげで戦争が終わることは数日前に知っていたと話してました。もちろん、当時は誰にも言わなかったということです。

母はその時、父がいた場所から山一つ越えた場所で新任の教師をしていました。すでに艦載機が飛んでくるようになっていたので機銃掃射の危険はあったのですが、東京大空襲の日は夜空が真っ赤になるのを見ていたそうです。川崎といっても農村部なので食べ物もそこそこあり、どちらかといえばのんびりした戦時下の生活だったようです。戦時中に出会いがあったわけではなく、戦後の見合い結婚です。

当たり前ですが両親とも無事に生き残り、私が生まれました。いってみれば私はラジオのおかげで生きています。父には戦友がいません。全員、南方戦線と沖縄で戦死したそうです。父が通信隊に志願して内地に残ったので生き残りました。通信兵で外地に送られて死んだ人もいるので運です。こう考えると年齢に関係なく、いま生きている人全員が第2次大戦の生き残りなんですね。

立派に育ちました2022年08月24日

カモの親子

最後に生まれた6羽のひなたちも立派に成長しました。
写真には5羽しか写っていませんが、親子7羽そろっています。
もうどれが親かよくわかりません。
今年の観察日記もこれで終わりです。

94式6号を展示しました2022年08月28日

軍用無線機の展示
94式5号を94式6号に入れ替えました。これでBC-222と同じ超短波トランシーバで揃えられました。30と33を使ってゆったり作ったBC-222に対して、専用の30MCで半分のサイズにまとめています。本体を首にかけ、展示している発電機か、乾電池のケースを肩にかけて一人で運用します。電鍵は本体側面に内蔵式です。日本製の軍用無線機のなかではよくできた機械だと思います。